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 動くために細胞は細胞内の分子機械を巧妙に操作しています。細胞は多様です。細胞が動くためにはまだまだ未知の機構があるに違いありません。現代の光学顕微鏡技術では分子機械の動きを生きた細胞の中で観察することさえ可能です。精密な光学顕微鏡観察によってそんな未知の機構を発見し、仕組みを解き明かすことが私達の目標です。生物の持つ精緻な移動メカニズムを解き明かすことは、未来の画期的な移動体の開発につながるかもしれません。研究に取り組む私達の考え方はこちらの「生命科学DOKIDOKI研究室」さんの記事をごらんください。


現在行っている主な研究
細胞集団運動こちらの動画も御覧ください。tys さんが一般向けにわかりやすくまとめてくださいました。
 切り傷、擦り傷、やけどなど“創傷”は死に至るケースは少ないものの、治癒までの痛みや生活の不便さ、また、傷跡を残したくないという美容上の要求から、風邪と同様、常に治療法の開発が望まれています。創傷は周辺の上皮細胞が集団で損傷箇所に移動し傷を埋める自然治癒力によって治癒するため、有効な治療法の開発には細胞集団の移動メカニズムの理解が重要です。魚類の創傷治癒はヒトのそれより数十倍速いことが知られています。
 魚のウロコを1枚カバーガラスに接着させると、ウロコからケラトサイトという上皮細胞が集団で這い出て擬似傷修復を開始します(図1)。集団の先頭ではリーダー細胞たちがアクトミオシンケーブルを介して横一列に連結し、フォロワー細胞たちを牽引します。個々の細胞の大きさは経時変化しないのに、集団は半円形状のまま相似拡大していきます。これは細胞の配置が時々刻々巧みに最適化され続けなければ不可能です。
 私達は、この未知の集団移動メカニズムが魚の高速な傷修復のカギと推察し、この相似拡大メカニズムの一端を解明しました (Okimura et al. 2022 PNAS) 。すなわち、リーダー細胞たちはお互いをケーブルで繋いで集団形状を維持し(図2)、加えて、そのケーブルを後続のフォロワー細胞に切断させ、フォロワー細胞と新たにケーブルを接続してリーダーに昇進させて、集団を拡大させていたのです(図3)。細胞同士の結合乖離を含め一般的な生命現象は化学反応によって起こります。一見、荒唐無稽に感じられるアクトミオシンケーブルの力学的な切断過程を我々はライブイメージングできました。プレスリリース (2022.5.10)
 この様式は社員思いのホワイト企業が急成長するさまを連想させます。ケラトサイト社には身勝手なリーダーはいません。働き者のリーダー達が協力して多くのフォロワーを引っ張っています。そして有能なフォロワーをどんどんリーダーに昇進させるのです。魚の傷修復がヒトより速いのもうなずけます。このユニークなメカニズムがヒトに医療応用され、近い将来、瞬く間に綺麗に傷が治るようになるのではないかとワクワクします。





車輪細胞こちらも御覧ください。academist Journal さんに掲載していただいた一般向けの記事です。
 世の中に車輪で動く生物はいません。それは道路の無かった頃の地球表面がデコボコだったから。では、生物の平らな皮膚の上ならどうでしょう?車輪生物はいなくても車輪細胞はいるかも…。私達は魚の表皮のケラトサイトという細胞が、細胞の中で車輪を回して走り回っているのを発見しました (Okimura et al. 2018 Sci. Rep.) 。びっくりです。この発見は、これまで生命は車輪を利用しないと信じられてきた先入観を壊すものであり、私たちの生命の概念を広げる発見と言えるでしょう。太古の生命や地球外生命等において車輪をもつものがいるかもしれない、と想像が膨らみます。プレスリリース (2018.7.17)
 ケラトサイトは焼餃子のような格好をしていて、ヒダの部分を前、具の部分を後ろにしてアメーバ運動します。具の部分の真ん中に核があってそれを取り囲むようにストレスファイバという筋肉を細くしたような繊維が取り囲んでいます。ちょうどラグビーボールの縫い目のような配置です。このラグビーボールが自律的に転がって細胞が前に進む推進力を生み出し、さらにフラフラしないようにステアリング機能も担っているのです。
 ケラトサイトはヒトの表皮細胞ケラチノサイトの10倍以上のスピードで突っ走ります。ケラチノサイトに車輪を作らせれば、擦り傷、切り傷があっという間に治ったり、火傷の跡が残らないようになったりするかもしれません。



回転するストレスファイバの車輪



遊走細胞の行き先
 好中球でも神経細胞の成長円錐でも原生生物のアメーバでも遊走細胞は、基質に接着して這い回ります。細胞の右端が右に向かい、左端が左に向かって、細胞が2つにちぎれてしまうようなことはめったにありません。細胞はどうやって全体の運動方向を決める統制をとっているのでしょう?細胞は接着している基質との力学的な相互作用を元に行き先を決めているのでした。細胞が接着している基質を繰返し引っ張ると、細胞は引っ張る方向とは垂直な方向に運動します。
 患者の体を引っ張るだけで免疫細胞やがん細胞の移動方向を制御できる画期的な医療応用につながるかもしれません。

繰り返し伸展装置


横方向に繰返し伸展させている基質の上で縦に進む細胞性粘菌アメーバ



遊走細胞のかたち
 遊走(アメーバ運動)の実体は、細胞前端の伸長と後端の収縮というミクロな変形の連続です。そのため一般に遊走細胞は不定形です。ところが魚類表皮のケラトサイトという細胞は移動中、餃子のような形を維持します。この餃子形は他の細胞も時折示すアメーバ運動のための理想形です。どうやってミクロな変形の連続がマクロな細胞のかたちを維持できるのか、私たちは興味を持っています。
 複雑な成体の体は元は単純な卵細胞から出来上がります。ケラトサイトのかたちづくりのメカニズムを考えていると、生物とはなにかという根本的な問題に行き着くような気がします。



餃子集団として遊走するケラトサイトたち

taken by Okimura C


繊毛群のメタクロナールウェーブ
 繊毛は単細胞生物ゾウリムシから高等動物の気管上皮、卵管等にまで普遍的に存在し水流を発生させています。1本1本が独立に運動しているにも関わらず、隣接した繊毛は一定の位相差を保って屈曲を繰返します。そのため繊毛の屈曲は細胞表層を美しい波として伝播します。この屈曲の波をメタクロナールウェーブとよびます。メタクロナールウェーブ生成・伝達のメカニズムにも私たちは興味を持っています。
 ケラトサイトのかたちづくり同様、波の調和が伝わるメカニズムを考えていると、生物とはなにかという根本的な問題に行き着くような気がします。



ゾウリムシ繊毛群のメタクロナールウェーブ

taken by Narematsu N


研究方法
 光学顕微鏡で生命現象を直接観察することが主な手法です。一般の顕微鏡では難しい撮影を行うため、電気回路や機械工作、プログラミングの技術を使って顕微鏡を日々、改造します。ちょうど自動車マニアが自動車を改造する感覚です。現在は遊走中の細胞の中で細胞骨格が立体的にどのように動くのか、三次元動画撮影に挑んでいます。
 研究論文は“作品”です。そのため私たちは研究内容の独創性や映像の美しさにこだわります。

魚類表皮ケラトサイト



Faculty of Science, Yamaguchi University
© 2008 Iwadate Y